復興と建築をめぐるインタビュー
本展では、隈研吾が設計した建物の施主やそれに準じた人、あるいはそれをメインで使用している人にインタビューをしました。このインタビューは、オーラル・ヒストリーを重要視する観点から行っています。つまり、単なるインタビューではなく、話者の不可視の記憶を、可視的な記録資料へと変換しながら、歴史の文脈の中に位置づけることを目的としているわけです。この場合の「歴史」とは、隈研吾という建築家の個人史でもあれば、彼が活躍する現代日本の建築史でもあります。また今回、隈が被災地に設計した建物に関連するインタビューに限定したということでは、地域史でもあります。
オーラル・ヒストリーの手法自体は、建築を展示・研究・収集する機関においてすでに重視されています。しかし残念なことに、それらの機関が行っているオーラル・ヒストリーは、その対象を、建築家、建築史家、建築批評家といった、建築を設計したり評価したりする側の人々に限定してしまっています。言い換えれば、施主、その家族、管理者など、いわゆるユーザーはその主要な対象としてみなされていません。
なぜ施主やユーザーの声を聞くことがほとんどないのでしょうか。建築の特徴は、自邸などのケースを除いては、つくるためには施主を必要とすることにあります。当然、彼らの意志が、設計には反映されているはずです。また、竣工後の維持をするのも建築家以外の人物であることがほとんどです。オリジナルを尊重する立場(美術作品に関わる者たちが往々にしてとる立場)からすれば、竣工後に建築家以外の者が付与したものはむしろノイズとして忌避することでしょう。だが、今回のインタビューで隈研吾自身も述べているように、ノイズが付与されるのは、彼らがその建物に不満を抱いているからではなくて、むしろ、好んでいる上で、よりよくしようと思ったためという場合だってあるのです。そのようにして変化した姿や、そのプロセスを含めて、「建築」は評価されるべきではないでしょうか。
私たちはともすれば建築家を万能の人物だと思いがちです。そして建築家の個展というフォーマットは、その認識をむしろ強化してしまう可能性が高いとも言えます。そうであればこそ、本展は積極的に施主側へのインタビューを行いました。もちろん、彼らの口から出てきたことすべてが「事実」であるかどうかの保証はありません。彼らと隈あるいは隈事務所のスタッフとの密なやりとりがあってから月日が経っているわけですから、記憶による編集が自ずと行われている可能性もあるでしょう。だが、それと同様に、建築家の語ることのすべてが「真実」であり、記憶による編集から免れているかと言えば、それも同様に疑わしいと言わざるをえないはずです。

保坂健二朗(本展キュレーター)

※各インタビューは後日掲載予定です。